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腰痛

腰痛の原因は腰にはない?

腰痛の原因は腰にはない?

 整体系ユーチューバーや腰痛専門整体院のサイトで「腰痛の原因は腰にはない」といった説明をよく見かけます。一見して尤もらしい根拠が並んでいますが、その中で見過ごせない部分を取り上げていきます。

 医学的検査で原因を特定できる腰痛は全体の15%で、残りの85%は原因不明である。これは権威ある医療研究機関が正式に発表した信頼できるデータである。腰痛の自覚が全くない人を対象に検査をしても、一定の割合で椎間板ヘルニアや脊柱管の狭窄が見つかる。

 椎間板には痛みを感じる神経がないので、ヘルニアで痛みが出るわけがない。神経は引っ張られると痛みを感じるが、押されても痛みを感じることはないので、椎間板ヘルニアや狭窄症による神経の圧迫が痛みの発生源にはなり得ない。

 以上の点から、ヘルニアや狭窄症と腰痛は全くの無関係であり、この事実を知りながらも不必要な手術をしたがる整形外科医は確信犯である。腰痛の本当の原因は、腰とは関係なさそうに思える別の場所で発生した筋膜の歪みであり、それをリリースする以外に腰痛の根本治療は不可能である。NHKの「ためしてガッテン」で医学博士にも紹介された最新の治療法です。

 以上、比較的多く見られる意見を寄せ集めてみました。医学博士でも医師免許を持つ医師であるとは限りませんが、権威に擦り寄って利用したいのか、非難してこき下ろしたいのか、一貫性が無くてブレブレです。そもそもの根拠も正しくなく、結論に至る道筋も飛躍が甚だしくて論理として成り立っていません。読むのも面倒でしょうが、好奇心の強い人に向けて解説します。

原因の特定

 腰痛の85%が原因不明とする説の根拠は米国の総合診療医の報告に基づく1992年の論文で、その詳細と正確性は不明です。2015年に日本の整形外科専門医が行った調査報告では、最終的に全腰痛患者の78%で原因を特定でき、その大部分は腰にありました。原因不明の非特異的腰痛は22%でした。これを受けて日本整形外科学会と日本腰痛学会は85%原因不明説を見直す方針です。

 調査対象の母集団はその医院を受診した腰痛患者に限られるので、腰痛人口全体を反映した割合ではありませんが、23年間の医療技術の発展が伺えます。将来的に原因を特定できる割合がさらに増すと推測されます。いつまでも化石論文にしがみついていては最新事実の発見は難しいでしょう。

椎間板ヘルニア

 椎間板は脊柱を構成する椎骨の椎体同士を上下に連結する円板状の軟骨組織で、脊柱に加わる衝撃を吸収します。中心部の髄核は含水率の高いゲル状体で、外周の線維輪は年輪のような構造で、層板状の線維軟骨からなります。線維輪の表層に分布している神経は通常では痛みを伝えませんが、周囲の靭帯には痛みを感じる神経が分布します。

 髄核が線維輪を破って外に突き出た状態が椎間板ヘルニアです。ヘルニアが靭帯を圧迫すると痛みを感じ、突き破ると激痛を起こすことが多く、周囲の筋肉の防御性収縮により動きが制限されます。ぎっくり腰の典型例で、身動きが取れない程の激痛ですが、数日間の休養で自然に軽減します。

 変性した椎間板には神経の異常な侵入が見られ、神経障害性疼痛による慢性腰痛の一因と考えられます。神経が侵入して痛みを感じやすくなった椎間板に力学的な負担が加わり、腰部の鈍痛や違和感、殿部への放散痛などが現れるのが椎間板症です。座位や前傾姿勢で症状が強まります。正しい姿勢で座っていても、直立時の約4割増しの圧力が椎間板にかかります。

 不運にもヘルニアが脊髄や神経根を圧迫すると座骨神経痛などの神経症状を引き起こします。神経に十分な逃げ場があるか、白血球がヘルニアを異物として処理すれば、特に何もしないでも時間とともに症状は改善します。神経症状の長期化や重度のぎっくり腰を頻繁に繰り返すようなら椎間板ヘルニアの関与が疑われます。整形外科を受診して、必要ならば手術を受けるとよいでしょう。

 ヘルニアがあっても靭帯や神経に悪影響がなければ、無症状なので放置しても問題ありません。椎間板ヘルニアによる腰痛は全腰痛の一部で、手術の適応例はさらにその一割程度となり、大部分は保存療法になります。

脊柱管狭窄症

 脊柱管は椎骨前方部の椎体後面と椎骨後方部の椎弓内面に囲まれた椎孔が上下に連なったもので、その中に脊髄(第2腰椎以下では馬尾)が通ります。椎間板ヘルニア、椎体の変形、靭帯の肥厚や石灰化、すべり症などで物理的に狭窄します。

 狭窄部では歩行や立位(腰椎伸展位)により脊髄や馬尾を包む硬膜の内葉が圧迫されます。その圧力が一定値を越すと硬膜外の静脈叢が閉塞し、次いで脊髄(馬尾)内の静脈がうっ血して新鮮な血液の流入を阻害します。神経が虚血状態になり、下肢の痛み、しびれ、脱力などの症状が現れて歩行が困難になります。座位(腰椎前屈位)で回復します。

 股関節が伸ばしづらくて代償的に腰が反って症状が悪化している場合は、原因となる筋肉の柔軟性を高めることで改善する見込みがあります。膀胱や直腸の機能障害を伴えば手術が検討されます。

 慢性動脈閉塞症でも似たような症状が出ますが、こちらは歩行や運動で症状が現れて休息で回復します。その際の姿勢の変化は影響しません。

痛みの意義

 痛みは組織の損傷や異常と、その発生部位を脳に知らせて対処を促すための警報装置です。従って、その目的が正常に果たされている大抵の場合、痛みを自覚している所に痛みの原因があります。

 たまに誤作動するくらいの茶目っ気は許せても、必ず発生源を偽装する仕様のポンコツ装置なら百害あって一利なしです。生存競争で圧倒的な不利を背負わされる嫌がらせで、バベルの塔を建てた人類への罰なのでしょうか。自分が罰せられるべき罪深い人間だと自覚があるならば、腰痛の原因部位から真っ先に腰を除外する不合理的思考も頷けます。

 お金で買えるなんちゃって資格ならまだしも、柔道整復師や理学療法士などの国家資格保有者の中にも「痛みのあるところに原因はない」などと断言しながら「体のプロ」を自称する者がいるのは嘆かわしいことです。

 正当な知識や技術を磨くより、話術や詐術に長けたほうが手っ取り早くお金になるのは世の常でしょうか。間違っていると知りながらお金儲けのために嘘を吐き続けているのか、単純に勉強不足なのかは分かりませんが、医学理論を全否定して整形外科医を悪者に仕立て上げるのはお門違いです。

 外科手術以外に回復の見込みが薄い患者に虚偽情報を与えて手術を拒むように誘導し、神経圧迫の長期化の末に麻痺などの障害を悪化させた場合、どのような責任が取れるのでしょうか。たとえコンプレックスを拗らせた結果の世迷い言であったとしても弁解の余地はありません。

医学的根拠

 整体などの民間療法の効果は施術者の技量に大きく左右され、その施術方法も多様です。腰痛に対する施術方法そのものの有効性を純粋に測ることは難しく、信頼性の保証された研究調査が足りません。腰痛に対する整体のエビデンスレベルは判定不可のランク外です。

 一つの考え方ですが、整体でできるのは筋肉の過剰な緊張と負担を和らげ、痛みと動きの制限を減らして普段の生活に近づけることです。普段通りの活動により血行不良と痛みの悪循環を予防し、体が勝手に治る仕組みを邪魔させないのが目的です。

 研究と臨床は別物であり、純粋な科学的評価の対象にはできない技術体系と、標準的な医学知識の両立は矛盾しません。しかしながら、その技術に医学的根拠があるように装った宣伝は関係法規に抵触します。そのような違法行為を含むノウハウを情報商材として販売している、整体師の皮を被ったコンサル屋には気を付けましょう。一部の悪徳業者のせいで整体業全体の評判が損なわれては迷惑です。

協会ビジネス

 民間療法には〇〇リリース、〇〇〇療法、〇〇〇〇テクニックなどの様々な協会ビジネスの民間資格があります。その技術の魅力が協会の集金力に直結するため、いかに他の技術より優れているかを強調します。

 「どんな腰痛でもこのテクニックさえマスターすれば治せる」といった万能的な技術を提唱することが多く、整合性を繕うために腰痛の原因を一つに集約できる理屈を発明します。当然ながら事実とは矛盾するため、現代医学に否定的な立場を取ります。

 医学的な正論を唱えようものなら、教会への背信行為と思われて魔女狩りの標的にされかねません。この頑なまでに偏執狂的な信仰こそが、民間療法を現代医学から隔絶する堅牢な城壁の正体ではないでしょうか。

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