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腰痛

魔術師の一撃

魔術師の一撃

 ぎっくり腰(急性腰痛症)を起こした瞬間の、腰にラムちゃんの電撃をくらったような鋭い激痛を「魔女の一撃」と呼んでいる国があります。性別を限定した表現があるので、多様性への配慮から「魔術師(性別不問)の一撃」に改称されると予想できます。

 中世ヨーロッパで多数派の宗教と異なる信仰を持つ人々を弾圧するために政治利用された蔑称を含みますが、言葉の魔女、及び狼男狩りは置いといて、その原因を合理的に説明できるまでに現代の医学は進歩しました。痛みの発生源になる部位別のぎっくり腰と、痛みや感覚にまつわる話を述べていきます。

椎間関節の痛み

 椎弓の側方上部は上関節突起に、下部は下関節突起になります。上位椎骨の下関節突起と下位椎骨の上関節突起からなる関節が椎間関節です。椎間関節の関節包後面には多裂筋の一部が付着します。両方とも感度の高い侵害受容器(痛覚センサー)が豊富で、張力や圧力などの機械刺激、起炎物質や発痛物質などの化学刺激に敏感です。

 関節包後部は体を前に曲げる時に緊張して、後ろに反らす時に緩みます。腰部多裂筋は腰を伸ばす時に関節包を上内方に引いて関節の隙間に挟まれないようにします。この働きが筋肉疲労などで不十分になると、腰を屈めた姿勢から伸ばした時に関節包が関節裂隙に挟まれ、思わず声が出そうな激痛を感じることがあります。

 疲労による機能不全が解消されるまで、同じきっかけで一撃を繰り返しやすくなります。疲れている時に連続して頬の内側を噛んでしまうようなものです。他の原因が混在していなければ、痛みは一瞬ですぐに普通に動けますが、痛みへの恐れから腰を動かすのをためらうような、刹那的なぎっくり腰です。

椎間板部の痛み

 脊柱には椎体と椎間板の前面を縦に繋ぐ前縦靭帯と、後面を縦に繋ぐ後縦靭帯があります。後縦靭帯は感覚神経の自由終末(侵害受容器)の分布が多く、椎間関節に次いで痛みを感じやすい組織です。

 体幹の急激、あるいは強力な運動で椎間板部に大きな離開力や剪断力がかかります。靭帯や線維輪の抵抗力を上回る外力により、これらの組織が耐えきれずに裂けます。いわゆる腰椎捻挫で、組織の損傷で起炎物質が放出されて化学作用で激痛を感じます。

 化学刺激による激痛は数日で治まりますが、姿勢の変化や運動による機械刺激の痛みは続きます。損傷部位の修復とともに痛みは減少します。ヘルニアを伴う場合は椎間板の内圧増加で靭帯の裂け目が刺激されて痛みます。座位や前屈、前傾姿勢や中腰、くしゃみや咳で痛みが増し、息をこらえるような一般的なぎっくり腰です。

椎体部の痛み

 骨組織は外層の緻密質と内層の海綿質からなる骨質と、骨質の外側を覆う骨膜で構成されます。骨膜は外側の線維性骨膜(密性結合組織)と内側の骨形成層からなります。線維性骨膜からシャーピー線維が出て緻密質に入り込み、骨膜と骨質は強固に結合しています。

 骨膜には感覚神経の自由終末が入り込んでいて、打撲や骨折などの傷害時の外力や、傷害後の炎症で激しい痛みを感じます。骨膜は関節部で関節包に移行します。関節包を持つ関節(狭義の関節)で連結した骨同士は、関節包を介して連続した骨膜を共有しているといえます。関節軟骨は骨膜がないので痛みを感じず、関節部の痛みは関節包が感じます。

 椎体の圧迫骨折…尻もちなど、高齢者に起きるぎっくり腰です。

筋・筋膜性の痛み

 外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋の腱膜は、腹側では腹直筋を包む腹直筋鞘になり、背側では脊柱起立筋を包む胸腰筋膜に合わさり、多裂筋を囲むようにして脊椎後方部に付着します。胸腰筋膜深葉の前面外側には腰方形筋が接し、前内方には大腰筋が位置します。

 胸腰筋膜浅葉に下後鋸筋と広背筋の腱膜が合わさって頑強な腰背腱膜になり、骨盤部では大殿筋の一部が付着します。腰背腱膜と腹筋群が腹腔の外周を帯状に囲み、腹腔上面の横隔膜、底面の骨盤底筋群と協調して働き、腹腔内圧を調節して脊柱を支えるといわれています。

 収縮中の筋肉に拮抗筋や外部からの抵抗が合わさり、筋組織の抗張力を越えた伸張力が局所にかかると、筋肉の断裂や筋膜からの剥離が起きます。いわゆる肉離れです。腰背部での瞬間的な負荷による損傷は、靭帯や椎間板や椎骨で起きやすく、筋肉の単独損傷は珍しいです。激しい運動などで起こり得る理論上のぎっくり腰です。

 腰背筋群や腸腰筋(腸骨筋と大腰筋)が筋力低下や萎縮すると、骨盤の前傾と腰椎の前弯が減少し、さらに進行すると骨盤が後傾して脊柱全体が後弯します。体幹上部の重心が前方に移動し、それを支えるために背筋群は等尺性収縮の持続を強いられ、筋肉疲労による鈍痛を招きます。前傾姿勢で腰椎部にかかる負担は直立時の約5割増しといわれ、椎体圧迫骨折、椎間板ヘルニア、椎間板症、後方すべり症の誘因になります。

仙腸関節の痛み

 股関節を曲げる筋肉が縮こまって固くなると、骨盤の前傾が増して体はくの字になります。背骨を起こす腰背筋群の頑張りで腰を反らしてバランスを取り、これらの筋肉が疲労すると鈍痛を感じます。骨盤前傾と腰椎前弯がさらに強まると、椎間関節にかかる圧力が増して痛みを出し、多裂筋の防御性収縮を招きます。

 椎間関節への圧力増加は、思春期に多い椎弓疲労骨折(腰椎分離)の誘因にもなります。椎弓の両側で分離が起きると前方すべり症のリスクが高まります。

 多裂筋の一部は仙腸関節を補強する後仙腸靭帯に付着します。筋の持続収縮は靭帯に機械的ストレスを与えて関節部の痛みを誘発し、靭帯や関節包が炎症を起こすと痛みが増します。鼡径部周辺の痛みを伴うこともあります。直接的か間接的かを問わず、炎症中の関節に機械刺激が加わると激痛を感じます。仙腸関節部が痛む副次的なぎっくり腰です。

 腰痛全体に占める割合としては少数派で、おまけで付いてくる痛みなのに主役に祭り上げられた腰痛です。骨盤ビジネスの立役者としてカイロや整体での人気は高く、実在が疑わしい「骨盤のゆがみ」や「仙腸関節のズレ」など、かなりの数の潜在的な冤罪被害が量産され続けていると思われます。

坐骨神経痛

 神経系は中枢神経の脳と脊髄に、末梢神経の脳神経と脊髄神経に分類されます。一般的に神経といえば末梢神経を指すことが多いです。末梢神経は主に、神経線維の束からなる神経束、線維性結合組織(神経上膜、神経周膜、神経内膜)、これらを栄養する血管で構成されます。

 神経線維には感覚線維、運動線維、自律線維(交感神経と副交感神経)の三種があります。感覚神経を知覚神経と表すこともあります。感覚が単語、知覚が文節、認知が文脈の理解、記憶が物語といったニュアンスです。

 神経が圧迫や絞扼、牽引されると、機械刺激や炎症、血流不足により様々な神経症状が現れます。感覚線維では痛みやしびれ、冷感や感覚鈍麻などを、運動線維では筋力低下や脱力、運動麻痺や筋萎縮などを、自律線維では血流や発汗、内蔵機能の障害などを起こします。

 腰椎部では脊柱管(脊髄の通路)や椎間孔(脊髄神経の出口)の病理的な変性による狭窄で、殿部では梨状筋の持続的な緊張亢進などで、神経が圧迫や絞扼を受けて殿部や下肢に放散痛を出すのが坐骨神経痛です。

 圧迫や絞扼で固定された神経が、股関節の屈曲や腰部の前屈で引き伸ばされると、殿部から抹消に向かって電気が走るような痛みを感じます。仲間外れのぎっくり腰(ぎっくり尻?)と呼べます。

絞扼性神経障害

 末梢神経が生理的な絞扼部で絞扼されて生じる障害の総称が絞扼性神経障害です。胸郭出口症候群、肘部管症候群、手根管症候群、梨状筋症候群、足根管症候群、モートン病などがあります。病理変性による狭窄症は含めません。

 神経症状は絞扼のみでも発症しますが、絞扼部で固定された神経が、運動や姿勢によって末梢方向に牽引されると症状が強まります。神経内の血流は圧迫よりも伸張の影響を受けやすいといわれています。

 骨盤の前傾を強めた姿勢で歩くと、梨状筋が本来の主作用ではない歩行中のバランス調節(立脚期の骨盤水平維持)に参加し、負担が増えます。緊張亢進で筋内圧を増した梨状筋が近接の神経を絞扼すると坐骨神経痛が現れることがあります。

 梨状筋症候群と呼ばれて、先天的な神経走行の違い(解剖学的破格)や梨状筋の柔軟性に影響されます。梨状筋は仙腸関節の前方関節包にも付着するので、梨状筋の過緊張は仙腸関節痛にも関連性があると考えられます。

侵害受容性疼痛

 組織の損傷や炎症を引き起こす侵害刺激(機械的、化学的、熱力学的、電気的)は感覚神経の侵害受容器を興奮させます。興奮で発生した電気信号が神経線維内を中枢に向かって上行し、脊髄(又は延髄)と視床の二ヶ所でシナプス(神経の中継点)を介し、大脳皮質の体性感覚野に達して痛みを知覚します。シナプスでは神経伝達物質の放出と受容が行われ、電気信号が化学刺激に変換されて再び電気信号に戻ります。

 内臓からの痛みを除けば、人間が感じる痛みのほとんどが侵害受容性疼痛といえます。組織の傷害や異常を即座に感知して、そこに意識を向けさせます。無視してはいけない痛みで、生きていく上で必要不可欠な生理作用の一つです。

神経障害性疼痛

 痛みの長期化や炎症の影響で受容器の感度、シナプスにおける伝達物質の放出量やそれに対する感受性が変化することがあります。伝言ゲームの失敗例みたいに誤った情報や大げさな情報が伝わり、辻褄が合わない痛みを感じるのが神経障害性疼痛です。

 本来は必要がない痛みで、無視しても問題はないですが、それが難しのが厄介なところです。椎間板性の慢性腰痛、帯状疱疹後の神経痛などがあり、一部は気のせいや気にしすぎ、後ろ向きな感情などの心理的な問題として見過ごされていた可能性があります。感情と関係が深い視床を経由するので精神的な影響も無視できませんが、神経生理学的な現象です。

 腕や脚を切断した人が、失った腕や脚の痛みを感じるのが幻肢痛です。切断面の閉鎖と修復の過程で感覚神経の末端が神経腫になり、なんやかんやで痛みに敏感になります。切断部の触・圧刺激などで、そこよりも末梢からの痛みとして錯覚します。神経障害性疼痛の一種と考えられます。

幻肢

 大脳皮質の体性感覚野は全身からの体性感覚(皮膚感覚と深部感覚)を常に受け取っています。体性感覚は意識にのぼっていますが、注意を向けなければ気にならない生活音のようなものです。常に感じているけど、普段は気にしていない状態です。

 身体に欠損部位があると、感覚野の対応部には信号が届かずに空白ができます。この空白が意識(体部位再現)にとっては不自然で、脳内の隣接部位の体性感覚や記憶を頼りに埋め合わそうとします。痛覚以外の体性感覚(固有感覚)が構築されると幻肢覚に、より単純な痛覚が採用されると幻肢痛になります。幻肢覚の強化が幻肢痛を招くこともあります。

 脳の仕組みは未知の領域が多く、あくまでも仮説です。幻肢痛が痛みの錯覚なのか、幻覚の痛みなのか、その両方が混在するのかは、いずれ解明されると期待します。

幻視

 シャルル・ボネ症候群は視力低下や視野欠損で起きる複雑幻視です。起きている時に現実世界を見ながら、視覚野の空白部に夢を描くようなものです。アニメキャラなどの非現実的な幻が登場することもあり、自分の頭がおかしくなったと思い込み、誰にも相談できずに悩む人がいるそうです。有効な治療法はありませんが、視覚障害であって精神疾患ではないと知ることが重要です。

 認知症の約2割を占めるレビー小体型認知症にも似たような幻視がありますが、原因も現れる症状もより複雑になります。それが幻視であると自覚できずに行動したり、カプグラ症候群なども伴ったりで、周囲から妄想だと思われます。夕方や夜間に頻度が増す傾向があるようです。パーキンソン症状を伴うレビー小体型認知症と、パーキンソン病認知症の違いの一つに幻視と妄想の程度差が挙げられます。

幻聴

 加齢に伴う聴力低下や難聴などで、ある範囲の周波数の音を聞きにくくなると、対応する聴覚野が空白に近づきます。それを補完するための単調な幻聴を耳鳴りの一因と考える説があります。補聴器を使って聞こえにくい音域を補い、脳をなだめる補聴器リハビリで改善が見込めます。

 とにもかくにも、脳は空腹が大嫌いな駄々っ子みたいで、知覚を捏造してまでも満たされようとします。無の境地に至る道のりが如何に困難か想像できます。

錯視

 脳は進化とともに増える情報処理の負荷低減と時間短縮を目的に、その処理過程を省いたパターン認識をいくつも獲得してきました。ほとんどは自然界で起こりうる現象から法則を学んで最適化されています。省略部の前後を直結する計算式が現実に一致していれば矛盾は生じません。この式が通用しない条件が揃って詭弁が露呈した状態が錯覚ではないでしょうか。進化は再現実験ができないので憶測に過ぎません。

 一般に目の錯覚と呼ばれる錯視にはいくつもの種類があり、次々と新しいものが発見されています。錯視の種類ごとに原因が異なり、未解明のものも多いです。同じ画像を見ても錯視を起こす人と起こさない人がいて、脳のパターン認識の個体差が影響していると推測できます。

 猫さんに手を置いているだけより、撫でたほうが「もふもふ」を堪能できます。視覚にも似た性質があって、視線を固定するとより多くの刺激を求めて眼球を微細に振動させます。世界が揺れていないと知っている脳は、視覚から振動を取り除いて補正します。

 明るさや色合いの違いは光刺激の情報量の違いであり、脳の処理速度のズレを誘います。明暗や色彩による視覚の補正作用の時間差を突いた幾何学模様を凝視すると、静止画が動いて見えることがあります。

眼精疲労

 激しすぎるカメラワークには視覚の情報処理が追い付きません。視線の移動は首の動きに先導されるのが一般的で、頭部の動きによる視界の変動を緩衝するために眼球の運動が役立ちます。事務作業などでは視線の移動が頻繁になり、それに伴う眼球運動の負担が眼精疲労の一因として説明されます。より激しく視線や頭を動かすスポーツなどで、事務作業よりも眼精疲労が少ない理由の説明が難しくなります。

 視線を動かしている間は情報量に満足している脳も、一点を凝視して視線が固定されると欲張りな本性を現して固視微動を始めます。固視微動は非常に速くて細かい三種の眼球運動の組み合わせで、自覚することはできません。

 固視微動(眼球の振動)による頭部の共振を抑えるために後頭部の筋肉が緊張するといった考えがあります。外眼筋(眼球を動かす筋肉)と後頭下筋(頭部を固定する筋肉)、及びその支配神経の疲れは眼精疲労の一因になり得ます。

 視線の移動に伴う眼球運動よりも、視線の固定に伴う眼球運動のほうが筋肉と神経により多くの負荷をかけます。動物は動くように設計されています。姿勢も視線も思考にしても、固定して動かさないでいるのが苦手で負担に感じます。

空耳

 通常の会話で相手の一言一句の全てを厳密に聞き取ろうとしたら、すぐに集中力が限界を迎えそうです。会話や文章でもパターン認識が使われていて、その綻びが空耳の一因として考えられます。空耳は耳の錯覚というよりは言語の錯覚なのかもしれません。外国語学習で実感できるように、言語のパターン認識は個人の経験によって獲得されます。空耳に錯視ほどの拘束力がない理由に思えます。

 相手のいひ間違いを空耳でしゅうせいして、正しひ意味をうけとっている場合も考えられます。すべてひがらなでかかれたぶんしうょがよにみくひものげんごがぱたーんにんきしであるしうょこで、もじでかたれかことばでもそらみみおをこすことあがり、いちもいじちもじせひかくによみなほすとかへっていみがわかにりくくなります。しょえはしょおいうあつなのえす

感覚の投射

 字を書くときにペン先でインクの粘り気や紙の質感、机の硬さや凹凸を感じますが、指先に注意を移せばペンの質感や重さを感じられます。感覚神経はペン先まで繋がっていないのに、指先よりもぺン先の感覚が優先されるのが普通です。感覚の投射といわれる性質の不思議な一面です。

 刺激に対する感覚の全ては脳の感覚野で知覚しますが、その実感は脳にも感覚器(目や耳など)にもなく、刺激の発生源にあります。正確に言えば、脳が発生源と決めつけた場所に感じます。光の反射源に物の存在を見て、音の発生源に音の存在を聞きます。眼鏡や網膜に物を見たり、内耳に音を聞いたりはしません。

 皮膚と体表に近い粘膜、舌では受容器の位置と刺激の発生源が一致します。触覚と味覚のように、網膜や内耳にも注意を集めることができたら、どのような感覚がするのか想像もできません。目を閉じて眼球を押すと、視神経への圧迫で光を感じますが、それは別の話です。

 外界の情報を取り込んで脳内で再現した世界に意識が住みつくのか、脳を飛び出して外に投射された感覚が世界と自分を形作るのか、中枢への集束と末梢への拡散のどちらが自意識なのか、考えるのが面倒になります。

思い込み

 感覚器の障害から生じる幻覚とは別に、正常な認知機能でも起きる錯覚があります。現実と感じている世界に幻覚や錯覚が紛れていても、時間的にも空間的にも矛盾なく周囲に馴染んでいれば、その境界を認識できません。気づいていないだけで、なんの違和感もない幻や錯覚を体験している可能性はあります。

 ただでさえ曖昧で簡単に改竄されてしまう記憶の中では、夢も幻も妄想も、現実の体験と等価値です。文脈の前後で整合性がない場合だけに疑いを向けられます。自分の記憶ミスを疑い、間違いを認めるか、推論から疑いを晴らすことはできますが、入力ミスを疑う発想は稀です。

 サヴァン症候群などの例を除けば、体験の意味は覚えていても、その元になった感覚は忘れています。記憶が正しくても、記憶の生みの親である知覚が正しかったかは不明です。過去の入力ミスの有無を判定するのは困難で、言った言わないの口喧嘩から冤罪などの社会問題にまで発展します。なかなか始末に負えない脳の悪戯です。

 脳は貪欲で常に外界を知りたがっています。自らを拡張して情報を得ては、意味づけのために説明を求めます。説明が間違っていても自分にとっての合理性を認めれば、真実として受け入れます。脳にとっての真実は脳の数だけあり、他人と共有はできません。

 自分から積極的に調べて得た情報は実際よりも真実味を増して感じます。ここに書かれている内容も含め、そこに嘘や矛盾がないかを疑ってかかり、反証を試みる批判的思考が大切です。

苦痛の対策

 苦痛の原因と性質、今後の経過予想をできる限り正確に理解すれば、未知への恐怖と過剰な不安を減らせます。さらに思考そのものについても考えることで、冷静な判断の土台を築けます。

 残念ながら完全には解決できない問題もあるので、一時逃避や受容も視野に入れて、最善の道を模索するしかありません。今までの選択が誤っていても、過去の失敗を許して軌道修正すればよいのです。治療の沼ガチャにハマって家庭崩壊なんて洒落にもなりません。

 決断には責任を伴います。自分でするよりも他人に委ねるほうがずっと楽です。「あなたは私の言うことだけを信じていればよいのです。疑いは魂を汚す愚かで罪深い行いです。素直に従ってさえいれば、必ずや全ての苦痛から解放されて幸福が訪れます」

 「こらっ。これでもくらえっ!」

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